痛みが出る。
つらくなって施術を受ける。
少し楽になる。
そして、痛みが消えたところで「もう大丈夫」と判断する。
けれど、しばらくすると、また同じような痛みを繰り返す。
この流れに心当たりのある方は、少なくないはずです。
では、なぜ痛みは繰り返すのでしょうか。
その理由の一つは、
「痛みが消えたこと」と「身体が治ったこと」を、同じものとして考えてしまうこと
にあります。
痛みは、身体に故障が起きていることを知らせる通知です。
だから、痛みがあることは大切な情報です。
痛みは、身体が出してくれているサインです。
ただし、痛みが消えたからといって、それだけで身体が完全に戻ったとは言えない。
ここを間違えると、同じことを繰り返します。
痛みだけを追っていると、また痛みは戻ってきます。
この記事では、痛みを繰り返す人に起きていることを、少しだけ整理してみます。
痛みが消えると、治ったと思いやすい
痛みがあるとき、人はまず「この痛みをなんとかしたい」と考えます。
これは当然です。
痛みが強ければ、仕事にも家事にも集中しにくい。
眠りも浅くなり、気持ちにも余裕がなくなる。
だから、痛みが軽くなることには大きな意味があります。
施術を受けて、痛みが軽くなる。
動くのが楽になる。
朝起きたときのつらさが減る。
それは、とても良い変化です。
ただし、ここで一つ、大事なことがあります。
痛みが消えたことと、身体が治ったことは、同じではない。
ここです。
患者さんがまず分かるのは、痛みの有無です。
痛い。
少し楽。
今日は痛くない。
前より動ける。
これは本人にしか分からない大切な感覚です。
だから、痛みの変化は軽く見てはいけない。
けれど、痛みが消えたからといって、身体の状態まで完全に戻ったとは限らない。
痛みが出ていた場所への負担が、一時的に軽くなっただけかもしれない。
無意識に動きをかばって、痛みを感じにくくなっているだけかもしれない。
痛みは落ち着いていても、同じ負担をかければまた痛みが出る状態が残っているかもしれない。
それでも、痛みが消えると人は安心します。
「もう大丈夫かな」
「今回はこれでよさそう」
「痛くないから治った」
そう判断したくなる。
でも、ここに落とし穴があります。
痛みが消えたところで終わる。
そして、元の生活に戻る。
同じ姿勢、同じ動き、同じ負担を繰り返す。
すると、また同じ痛みが出る。
痛みを繰り返す入口は、ここにあります。
痛みは、身体からの通知である
痛みは、身体に故障が起きていることを知らせる通知です。
痛みがあるから、私たちは身体の異変に気づけます。
傷口が痛ければ、そこを触らないようにする。
足首が痛ければ、体重をかけすぎないようにする。
腰が痛ければ、無理に曲げたり、重いものを持ったりしないようにする。
痛みは、身体を守るために必要な反応です。
だから、痛みを軽く見てはいけない。
「痛いけれど、まあ大丈夫」
「そのうち治るだろう」
「我慢できるから問題ない」
こういう判断は、身体からの通知を見落とすことになります。
痛みがあるということは、身体が何かを知らせているということです。
ただし、ここでもう一つ大事なことがあります。
痛みは、あくまで通知です。
通知が鳴ったことで、異変には気づける。
けれど、その通知だけで身体の中で何が起きているのかを、すべて判断することはできない。
スマートフォンの通知音が鳴れば、何か連絡が来たことは分かります。
でも、その通知音だけでは、内容までは分からない。
身体の痛みも、それに近い。
痛みは、身体に何かが起きていることを知らせてくれる。
でも、痛みそのものが、身体の状態をすべて説明してくれるわけではない。
だから、痛みだけで判断すると、身体の問題を見落とします。
痛いから悪い。
痛くないから大丈夫。
身体は、それほど単純ではありません。
痛みだけを追っていると、また繰り返す
痛みを軽くすることは大切です。
つらい痛みを和らげる。
動きやすくする。
日常生活を少しでも楽にする。
これは、施術において大切なことです。
ただし、痛みだけを追っていると、そこで終わってしまいます。
痛みが軽くなった。
だから終わり。
痛みが消えた。
だから治った。
この判断を繰り返していると、また同じ痛みが戻ってきます。
なぜなら、痛みが消えても、身体に痛みを出していた原因が残っていることがあるからです。
痛みは落ち着いた。
でも、身体の使い方は変わっていない。
負担が集中していた場所も、そのまま。
同じ仕事、同じ姿勢、同じ生活に戻る。
そうなれば、また同じ場所に負担が集まります。
そして、また痛みが出る。
この繰り返しです。
痛みが消えたことは、良い変化です。
そこは間違いない。
けれど、それだけで完治とは言えない。
大切なのは、痛みが消えたあとです。
なぜ痛みが出たのか。
なぜそこに負担が集まったのか。
同じことを繰り返す身体の状態が残っていないか。
ここを見ないまま終われば、痛みはまた戻ってきます。
痛みだけを追っていると、また繰り返します。
本当に大切なのは、痛みの奥にある原因まで見ることです。
あとがき
「痛みが消えたこと」と「身体が治ったこと」を同じものとして考えてしまう背景には、もう一つ別の心理もあるように思います。
それは、
「このまま通わされるのではないか」
という不安です。
特に、長く続く痛みや、なかなか良くならない症状で、いくつもの治療院や整体院に行った経験がある方ほど、この感覚は強いはずです。
その気持ちは、私にも分かります。
私自身も、たまにストレッチをしてくれるお店に行くことがあります。
そのときに、身体の状態に対する説明と、「通ってください」という提案が、どう考えても噛み合っていないと感じることがあります。
なぜなら、私も身体の専門家だから(笑)
そうなると、やはり思います。
「これは本当に必要なのか」
「ただ通わせたいだけなのではないか」
そう感じるのは自然です。
だから私は、施術者の言葉を何でも鵜呑みにして通えばよいとは言いません。
ただし、実際には、痛みがなくなったあとも施術を継続する必要がある場合があるんです。
痛みは落ち着いた。
でも、身体に負担をかけていた原因はまだ残っている。
その状態で元の生活に戻れば、また同じことを繰り返す。
こういうケースはあります。
だから大切なのは、ただ「通ってください」と言われることではありません。
なぜ、今の身体に継続した施術が必要なのか。
どこに問題が残っているのか。
何を確認しながら、どこまで戻していくのか。
この説明に納得できるかどうかです。
説明に納得感があるなら、痛みがなくても施術を続ける意味はあります。
それは、無駄に通うためではありません。
また同じ痛みを繰り返さないためです。
痛みが消えたところで終わるのではなく、身体の状態を確認しながら、必要なところまで戻していく。
それが結果的に、患者さん自身の回復につながります。
