芸能人やアーティストを見ていると、ときどき「オーラがある」と感じることがあります。
では、このオーラとは何なのでしょうか。
顔がきれいだから。
かっこいいから。
歌がうまいから。
演技が上手だから。
もちろん、それもあります。
けれど、それだけでは説明できません。
歌だけを聴くと、たしかに上手い。
でも、そこまで心が動かない。
ところが、映像で見ると引き込まれる。
俳優も同じです。
何も話していない。
ただ立っている。
ただこちらを見ている。
それなのに、目が離せない。
このとき、私たちは何を見ているのでしょうか。
顔でしょうか。
表情でしょうか。
身体でしょうか。
それとも、その人の奥にある何かでしょうか。
今回は、オーラを神秘的なものとしてではなく、
感情の共振。
感情のコード。
思想の身体化。
そして、姿勢は思いの表象である。
という流れで考えてみます。
第1章 オーラとは何か
1.1 便利だけれど曖昧な言葉
オーラという言葉があります。
便利な言葉です。
けれど、とても曖昧です。
「あの人にはオーラがある」
そう言われる人がいます。
しかし、その正体はよくわかりません。
1.2 顔や技術だけでは説明できない魅力
顔が整っているからでしょうか。
スタイルがいいからでしょうか。
声がいいからでしょうか。
技術が高いからでしょうか。
もちろん、それも関係します。
けれど、それだけではありません。
なぜなら、顔がきれいでも印象に残らない人がいるからです。
歌がうまくても、そこまで心が動かない人がいるからです。
演技が上手でも、なぜか画面に引き込まれない人がいるからです。
逆に、特別な美形というわけではない。
派手なことをしているわけでもない。
それなのに、なぜか目が行く人がいます。
立っているだけで、何かがある。
黙っているだけで、何かが伝わる。
歌っている姿を見ると、急にその歌が深くなる。
この差は何なのでしょうか。
1.3 全身を通して表現された感情
私はここに、顔や技術だけではない、別の情報があるように思います。
それは、感情です。
しかも、ただの感情ではありません。
全身を通して表現された感情です。
第2章 私たちは、感情を見ている
2.1 顔の造形ではなく、表情の動きを見ている
人は、相手の顔を見ます。
けれど、見ているのは顔の造形だけではありません。
目の動き。
眉の動き。
口元の緩み方。
笑う前の一瞬。
泣く前の沈黙。
怒りを抑えているときの目線。
そういうものを見ています。
2.2 声、呼吸、姿勢、間まで見ている
さらに、顔だけでもありません。
声。
呼吸。
肩の力。
手の置き方。
立ち方。
歩き方。
間の取り方。
これらを、私たちはかなり細かく見ています。
ただし、頭で分析しているわけではありません。
もっと手前で感じ取っています。
「あ、この人は本当に嬉しそうだ」
「あ、この笑顔は少し無理をしている」
「あ、この人は怒っていないと言っているけれど、怒っている」
「あ、この沈黙には何かある」
こういうことを、私たちは日常で普通にやっています。
2.3 空気を読むとは、感情の流れを読むこと
いわゆる、空気を読むということです。
では、空気とは何でしょうか。
おそらく、感情の流れです。
場にいる人たちの表情、声、姿勢、呼吸、間。
それらがつくる、感情の流れです。
つまり私たちは、普段から感情を見ています。
2.4 オーラとは、感情の共振を起こす力
相手の感情を見て、自分の中にも似たような反応を起こしています。
誰かが心から笑えば、こちらも少し明るくなる。
誰かが緊張していれば、こちらも少し緊張する。
誰かが泣きそうで泣かない顔をしていると、こちらの胸にも何かが迫ってくる。
これは、感情の共振です。
オーラとは、もしかすると、この感情の共振を強く起こす力なのかもしれません。
第3章 感情は、音楽のコードのように重なっている
3.1 単音ではなく、和音としての感情
ここで、音楽のコードを考えてみます。
音は、単音でも鳴ります。
けれど、コードになると意味が変わります。
ドだけではなく、ド・ミ・ソが重なる。
すると、明るい響きになる。
音が重なることで、ただの音ではなく、和音になります。
メジャーコードには、明るさがある。
マイナーコードには、陰りがある。
sus4には、解決しそうで解決しない感じがある。
9thには、余韻や洒落た感じがある。
dimには、不穏さがある。
では、感情も同じではないでしょうか。
喜怒哀楽も、単音ではない。
3.2 顔、声、姿勢、呼吸、間が重なる
笑顔だけが喜びではありません。
涙だけが悲しみではありません。
大声だけが怒りではありません。
明るい声だけが楽しさではありません。
感情は、もっと複数の身体表現でできています。
顔。
目。
声。
手。
脚。
姿勢。
呼吸。
間。
これらが重なって、ひとつの感情が鳴っています。
つまり、感情にはコードがある。
3.3 チューニングが狂っている身体表現
たとえば、笑顔。
口元は笑っている。
でも、目が笑っていない。
これは、少し不協和音です。
声は明るい。
でも、肩が固い。
これも、どこか違和感があります。
言葉は優しい。
でも、呼吸が詰まっている。
これも、何かがずれています。
顔はメジャー。
声はマイナー。
姿勢は不安定。
呼吸はテンポが走っている。
こうなると、見る側は「なんか変だな」と感じます。
音楽でいえば、チューニングが狂っている状態です。
3.4 魅力のある人は、感情がコードとして鳴っている
反対に、魅力のある人は、ここが揃っています。
顔だけではない。
声だけでもない。
姿勢だけでもない。
全身がひとつの感情を鳴らしている。
だから見ている側は、そこに引き込まれます。
感情が単音ではなく、コードとして鳴っているからです。
第4章 感情コードの奥にあるもの
4.1 感情の奥には、思考がある
では、その感情コードは、何を表現しているのでしょうか。
ただの喜怒哀楽でしょうか。
嬉しい。
悲しい。
怒っている。
楽しい。
それだけでしょうか。
おそらく違います。
感情の奥には、思考があります。
何を考えているのか。
何を大切にしているのか。
何を守りたいのか。
何を届けたいのか。
何のために、それをしているのか。
そこに思考があります。
4.2 思いが行動を生み、行動が感情を動かす
その思考の上に、感情が重なります。
家族を大切にしたい。
自分の歌で誰かを勇気づけたい。
この作品を届けたい。
自分の仕事で誰かの役に立ちたい。
世の中に少しでも良いものを残したい。
こうした思いがあります。
その思いが、行動を生みます。
行動するから、感情が動きます。
喜び。
悔しさ。
怒り。
悲しみ。
感謝。
覚悟。
祈り。
そして、その感情が身体に出ます。
顔に出る。
声に出る。
姿勢に出る。
手に出る。
歩き方に出る。
沈黙に出る。
ここまでつながったとき、人の表現は強くなります。
4.3 身体の表面で止まる表現は響かない
逆に、ここがつながっていないと、薄く見えます。
上手いけれど、響かない。
きれいだけれど、残らない。
派手だけれど、引き込まれない。
なぜか。
表現が、身体の表面で止まっているからです。
奥にある思考や感情と、身体表現がつながっていないからです。
人は、それを無意識に見抜いています。
第5章 オーラとは、思想が身体化されたもの
5.1 ここでいう思想とは、小難しい話ではない
ここでいう思想とは、小難しい話ではありません。
哲学用語を並べることではありません。
難しい理屈を語ることでもありません。
思想とは、その人が本当に大切にしているものです。
何を守りたいのか。
何を届けたいのか。
何のために働いているのか。
何のために表現しているのか。
どう生きたいのか。
それが思想です。
5.2 誰にでも思想はある
だから、思想は特別な人だけのものではありません。
家族を守りたい。
人を笑わせたい。
誰かを勇気づけたい。
目の前の人の役に立ちたい。
自分の仕事を通じて、少しでも世の中を良くしたい。
これも思想です。
5.3 思い、行動、感情、身体表現がつながる
その思想が行動につながる。
行動の中で感情が動く。
その感情が身体に現れる。
ここがつながったとき、その人には力が出ます。
それは、声の大きさではありません。
派手さでもありません。
見た目の美しさだけでもありません。
もっと奥から出てくるものです。
その人が本当に大切にしているものが、身体を通して見えてしまう。
それが、オーラなのかもしれません。
オーラとは、思想が身体化されたもの。
そう考えると、オーラは急に神秘的なものではなくなります。
けれど、同時にとても深いものになります。
なぜなら、表面だけを整えても、身につかないからです。
思い。
行動。
感情。
身体表現。
この流れがつながってはじめて、人は響くのだと思います。
第6章 姿勢は、思いの表象である
6.1 姿勢は、ただの形ではない
ここまで来ると、ローカパーラで大切にしている考え方ともつながります。
姿勢は、思いの表象である。
この言葉です。
姿勢というと、一般的には形の話になります。
背すじが伸びている。
猫背になっている。
肩が前に入っている。
骨盤が傾いている。
もちろん、身体の構造としての姿勢は大切です。
けれど、姿勢はただの形ではありません。
6.2 思いは、姿勢や所作に出る
疲れているとき、人はうつむきます。
自信がないとき、身体は小さくなります。
緊張しているとき、肩に力が入ります。
何かを決意したとき、目線が変わります。
大切なものを守ろうとするとき、身体の構えが変わります。
身体は、心と切り離されていません。
思いは、姿勢に出ます。
迷いは、所作に出ます。
覚悟は、目線に出ます。
疲労は、歩き方に出ます。
不安は、呼吸に出ます。
人はそれを見ています。
言葉にする前に、感じ取っています。
「あ、この人は落ち着いている」
「あ、この人は無理をしている」
「あ、この人は自信がなさそうだ」
「あ、この人には芯がある」
そう感じるとき、私たちは姿勢や所作を見ています。
6.3 姿勢は、内側にある思いが身体に現れたもの
つまり姿勢とは、その人の内側にある思いが、身体に現れたものでもあります。
だから、
姿勢は、思いの表象である。
この言葉につながります。
第7章 人の魅力は、身体を通して響いている
7.1 人は見た目だけに惹かれているのではない
オーラとは何か。
最初は、かなり曖昧な問いでした。
けれど、考えていくと、少し見えてきます。
オーラとは、顔の美しさだけではない。
声の良さだけでもない。
技術の高さだけでもない。
その人が何を大切にしているのか。
何を考えているのか。
何を感じているのか。
どう行動しているのか。
それが、表情、声、姿勢、呼吸、所作に現れる。
7.2 身体を通して、思いが響いてくる
そして、それらが全身で重なり合う。
まるで、音楽のコードのように。
その響きが、見る者の内側にも伝わる。
こちらの感情が動く。
胸が熱くなる。
目が離せなくなる。
なぜか惹かれる。
それを私たちは、オーラと呼んでいるのかもしれません。
人の魅力は、見た目だけで決まるものではありません。
その人がどんな思いで生きているのか。
その思いが、どのように身体に現れているのか。
そこに、人は惹かれます。
7.3 姿勢や所作を整える意味
姿勢は、思いの表象である。
そう考えると、姿勢や所作を整えることは、ただ見た目をよくすることではありません。
自分が何を大切にしているのか。
どのように生きたいのか。
その思いと、外に現れる身体の表現を一致させていくこと。
そこに、その人らしい魅力が生まれるのだと思います。
第8章 関連する考え方
8.1 狂言の感情表現
この記事は、特定の学説をそのまま紹介したものではありません。
「オーラ」や「人を惹きつける魅力」について考えたエッセイです。
ただし、似た問題意識を持つ考え方はいくつかあります。
たとえば、狂言では、笑う、泣く、怒るといった感情表現に一定の型があるとされています。
感情は、ただ自然に出るものではない。
身体、声、姿勢、間を通して表現されるものでもある。
この考え方は、今回の「感情が全身でコードのように響く」という見方とつながります。
8.2 ラサ理論
また、インド古典芸能のラサ理論では、演者が表現した感情が、観客の中で美的な感情体験として味わわれると考えられています。
演者の感情が、観客の内側に別の形で立ち上がる。
これは、表現者の感情が見る者の中に共振を起こす、という今回の話に近いものです。
8.3 FACS
表情研究では、ポール・エクマンらのFACS、Facial Action Coding Systemが知られています。
これは、表情を顔面の細かな動きの組み合わせとして分析する方法です。
表情は、ひとつの顔つきではありません。
複数の動きの組み合わせです。
この点でも、「感情コード」という見方の参考になります。
8.4 デルサルト体系とラバン運動分析
演技や身体表現の分野では、デルサルト体系やラバン運動分析のように、内面、感情、動きを結びつけて考える流れもあります。
人の感情や存在感は、言葉だけでなく、姿勢、身振り、動きの質としても現れる。
このような考え方です。
この記事で述べた、
オーラとは、思想、感情、身体表現がつながったときに生まれるものではないか。
という考えは、これらの理論を厳密に解説したものではありません。
けれど、古典芸能、演技論、表情研究、身体表現論には、それに通じる考え方がすでに多く存在しています。
興味のある方は、狂言の感情表現、ラサ理論、FACS、デルサルト体系、ラバン運動分析などを調べてみると、人の魅力や表現について、さらに深く考える手がかりになるかもしれません。
第9章 あとがき
9.1 オーラという曖昧な言葉の中にあるもの
「オーラがある」という言葉は、便利です。
けれど、とても曖昧です。
しかし、その曖昧さの中には、人間が無意識に感じ取っている大切なものが含まれているように思います。
顔だけではない。
声だけではない。
姿勢だけでもない。
思考。
感情。
行動。
身体表現。
それらがつながっている人に、私たちは惹かれます。
その人の中にある思いが、身体を通して響いてくる。
だからこそ、人はただ美しいだけではなく、ただ上手いだけでもなく、そこに「何か」を感じるのだと思います。
オーラとは、特別な人だけが持つ不思議な光ではないのかもしれません。
その人が本当に大切にしているものが、身体を通して見えてしまっている状態。
そう考えると、オーラは芸能人やアーティストだけの話ではありません。
私たちの日常の立ち方。
歩き方。
話し方。
所作。
表情。
呼吸。
そこにも、その人の思いはにじんでいます。
9.2 姿勢は、思いの表象である
姿勢は、思いの表象である。
姿勢を整えることは、ただ身体の形を整えることではありません。
自分の内側にある思いと、外に現れる身体の表現を、少しずつ一致させていくこと。
そこに、その人らしい魅力が生まれるのかもしれません。
