保土ケ谷のダンサーに必要な、身体の基礎
ダンスは、見て覚えるものです。
先生の動きを見て、音に乗る。
振付を覚える。
何度も繰り返す。
少しずつ身体に入っていく。
その場の空気。
音の取り方。
身体のキレ。
ふわっと抜ける感じ。
グッと止まる感じ。
こういうものは、言葉だけでは伝わりません。
だから、ダンスは見て覚える。
それが楽しい。
でも、ここに少し難しい問題があります。
先生の動きを真似しているつもりなのに、なぜか同じように動けない。
同じ振付をしているはずなのに、膝が痛い。
足首がぐらつく。
腰が反る。
首や背中がつらくなる。
それは、努力不足ではないかもしれません。
プロダンサーやインストラクターは、身体の基礎を感覚で身につけています。
軸の作り方。
重心の移し方。
体幹の使い方。
膝を曲げたときの荷重の逃がし方。
片脚で立ったときの足首の扱い方。
本人にとっては、当たり前にできている。
だからこそ、しなやかに、力強く、表現として踊ることができます。
一方で、アマチュアダンサーは、見た目の動きは真似できても、身体の中では同じことが起きていないことがあります。
腰を落としているつもりで、膝に乗っている。
体幹を使っているつもりで、太ももで頑張っている。
片脚で立っているつもりで、足首だけで踏ん張っている。
首を動かしているつもりで、背中に逃げている。
ここに、ダンスで身体を痛める理由が隠れています。
ローカパーラが保土ケ谷のダンサーにできることは、ダンスの振付を教えることではありません。
プロダンサーが感覚で行っている動きを、身体の言葉に通訳すること。
そして、アマチュアダンサーがその意味を身体で分かるように、姿勢・荷重・重心移動・体幹の使い方を整理することです。
先生には、もっと表現に集中してほしい。
生徒さんには、その表現に憧れて、安心して近づいてほしい。
そして、身体が痛くなったときには、身体の側からきちんと見直したい。
この記事では、保土ケ谷でダンスを楽しむ方に向けて、プロダンサーの動きとアマチュアダンサーの身体の間にある差を、身体の基礎という視点から考えていきます。
はじめに
ダンスは楽しい。でも、身体が痛くなることもある
ダンスは楽しいものです。
音に乗る。
身体を動かす。
先生の動きを見ながら、少しずつ振付を覚える。
できなかった動きが、ある日ふっとできるようになる。
この瞬間は、とても気持ちがよいものです。
子どもにとっては、表現する楽しさがあります。
大人にとっては、運動不足の解消や気分転換にもなります。
フラダンス、バレエ、HIPHOP、K-POP系のダンス、スポーツジムのダンスクラス。
保土ケ谷周辺でも、生活の中でダンスを楽しんでいる方は少なくありません。
でも、楽しいはずのダンスで身体を痛める方がいます。
健康のために始めたフラダンスで膝が痛くなる。
子どものバレエで、足首を何度も捻る。
振付を一生懸命練習しているうちに、腰が痛くなる。
首を動かす練習をしていたら、背中や首肩がつらくなる。
これは、少し悲しいことです。
もちろん、ダンスが悪いわけではありません。
ダンスは本来、身体にとってとても豊かな活動です。
ただし、踊るためには、踊りを受け止める身体が必要です。
この身体の基礎が曖昧なまま、振付だけを一生懸命練習すると、身体のどこかに負担が集まります。
その負担が積み重なると、痛みや故障として現れます。
先生の動きを真似しているのに、なぜか違う?
ダンスは、先生の動きを見て覚えます。
見て、真似する。
音に合わせる。
何度も繰り返す。
この学び方は、ダンスらしくて良いものです。
ただし、見た目が似ていることと、身体の中で同じことが起きていることは別です。
先生は、軽く腰を落としている。
でも、生徒さんは膝に体重を乗せている。
先生は、体幹で支えている。
でも、生徒さんは太ももで踏ん張っている。
先生は、足裏から全身をつなげて片脚で立っている。
でも、生徒さんは足首だけで必死にバランスを取っている。
先生は、首をしなやかに動かしている。
でも、生徒さんは胸椎や背中で代償している。
見た目は似ている。
でも、身体の中の使い方は違う。
ここに、ダンスの難しさがあります。
そして、ここにローカパーラが見るべき身体の問題があります。
この記事で見るのは、振付ではなく「踊る身体」
この記事で考えたいのは、振付の上手い下手ではありません。
どのジャンルがよい、悪いという話でもありません。
ダンスの先生の指導を批判したいわけでもありません。
むしろ、ダンスの先生には、もっと表現に集中してほしいと考えています。
振付。
音楽。
空気感。
表情。
世界観。
人を惹きつける動き。
そこは、プロの領域です。
ローカパーラが見るのは、その前にある身体です。
立つ。
沈む。
乗る。
移る。
止まる。
体幹でつなぐ。
この身体の基礎が整っていないと、振付を頑張るほど、膝・足首・腰・首肩に負担がかかります。
だから、この記事では「踊り方」ではなく「踊る身体」を見ていきます。
先生みたいに動いているつもりなのに?
プロは、身体の基礎を感覚で分かっている
プロダンサーやインストラクターは、身体の使い方を感覚で身につけています。
もちろん、努力もあります。
練習量もあります。
でも、それだけではありません。
小さい頃から身体を動かしてきた。
基礎練習を積んできた。
先生に何度も直されてきた。
自分の身体の中で、重心や軸や体幹の感覚が育っている。
だから、本人にとっては当たり前にできることが多いのです。
腰を落とす。
膝を曲げる。
片脚で立つ。
首を動かす。
体幹を使う。
プロは、これを感覚で処理しています。
でも、アマチュアが同じことをしようとすると、身体の中で別のことが起きます。
ここが難しいところです。
アマチュアは、まず振付を覚えるところから始まる
プロを目指す人は、基礎練習に多くの時間を使います。
立ち方。
軸。
足裏。
体幹。
プリエ。
重心移動。
かなり地味です。
でも、この地味な時間が身体を作ります。
一方で、趣味や健康目的のダンスレッスンでは、どうしても振付の比重が大きくなります。
これは自然なことです。
参加する側は、楽しく踊りたい。
音に乗りたい。
汗をかきたい。
難しい振付を覚えたい。
「踊れた!」という達成感が欲しい。
だから、レッスンは振付中心になりやすい。
楽しい。
でも、身体の基礎は置き去りになりやすい。
ここに、アマチュアダンサーの故障の種があります。
見た目は似ていても、身体の中では別のことが起きているかも
ダンスでは、見た目の動きが大切です。
手の角度。
足の出し方。
顔の向き。
タイミング。
音の取り方。
これは見て真似しやすい部分です。
でも、身体の中で何が起きているかは、見ただけでは分かりにくい。
体重がどこに乗っているのか。
床から返ってくる力をどこで受けているのか。
膝を曲げたとき、膝に乗っているのか、股関節で受けているのか。
足首だけで踏ん張っているのか、体幹までつながっているのか。
首を動かしているのか、胸椎や背中で逃がしているのか。
ここは、外から見えにくい。
だから、先生の形は真似できても、先生の身体の中身までは真似しにくいのです。
「もっとこう!」が伝わりにくい理由
ダンスの指導では、感覚的な言葉がよく使われます。
「もっとこう!」
「ふわっと」
「グッと」
「波みたいに」
「力を抜いて」
「体幹を使って」
「軸を意識して」
これは、ダンスにとって大事な言葉です。
なぜなら、ダンスは機械的な運動ではないからです。
空気感や質感を伝えるには、比喩や感覚の言葉が必要です。
ただし、その言葉が身体に入る人と、入りにくい人がいます。
すでに身体の基礎がある人には、「もっとこう!」で伝わります。
でも、身体の基礎がまだ育っていない人には、「もっとこう!」が分からない。
分からないまま頑張ると、身体は自分なりに帳尻を合わせます。
その帳尻合わせが、膝痛、足首の不安定性、腰痛、首肩の痛みにつながります。
ダンスレッスンは、楽しい。だからこそ難しい
見て覚えるから、ダンスは面白い
ダンスは、見て覚えるから面白い。
先生が動く。
音が鳴る。
みんなで合わせる。
少しずつ身体に入る。
言葉だけでは届かないものが、空間の中で伝わっていきます。
これは、ダンスの魅力です。
だから、ローカパーラは「見て覚える」文化を否定しません。
むしろ、それがあるからダンスは楽しいのだと思います。
ただし、見て覚えるだけでは届きにくいものがあります。
それが、身体の内部の使い方です。
どこで支えるのか。
どこを抜くのか。
どこから動き始めるのか。
どこに負担が集まっているのか。
ここは、見た目だけでは分かりません。
だからこそ、身体の言葉が必要になります。
「ふわっと」「グッと」「波みたいに」も大事な言葉
ダンスの先生が使う比喩には、魅力があります。
「ふわっと」
「グッと」
「波みたいに」
「もっと遠くへ」
「抜いて」
「音をためて」
こういう言葉は、身体の形だけでなく、表現を伝えています。
だから、これは必要な言葉です。
問題は、その言葉を身体がどう受け取るかです。
「ふわっと」と言われて、力が抜けすぎて関節に逃げる人もいます。
「グッと」と言われて、膝や腰で固める人もいます。
「波みたいに」と言われて、首や背中だけを無理に動かす人もいます。
言葉は同じ。
でも、身体の受け取り方は人によって違います。
だから、感覚の言葉を身体の言葉に変える必要があります。
でも、体幹・荷重・重心移動は言葉にしにくい
体幹を使う。
軸を作る。
重心を移す。
膝を柔らかく使う。
よく聞く言葉です。
でも、実際にどうすればよいのかは、かなり難しい。
体幹を使うと言われて、腹筋を固める。
膝を柔らかくと言われて、膝に体重を乗せる。
腰を落としてと言われて、反り腰になる。
軸を作ってと言われて、首や肩を固める。
言葉は知っている。
でも、身体の中で違う動きになっている。
ここが、ダンスの難しさです。
プロやインストラクターは、身体で分かっているからこそ、細かく言語化しなくても動けます。
でも、アマチュアにとっては、そこが一番難しい。
ここを通訳すること。
それが、ローカパーラの役割です。
集団レッスンでは、身体のクセまで見きれないこともある
集団レッスンには、集団レッスンの良さがあります。
みんなで踊る楽しさ。
音楽に乗る高揚感。
仲間がいる安心感。
できる人を見て刺激を受けること。
これは、一人では得にくいものです。
一方で、集団レッスンには限界もあります。
一人ひとりの足首。
膝の向き。
骨盤の傾き。
体幹の入り方。
首や胸椎の代償。
ここまで細かく見るのは難しい。
だから、身体の基礎に関しては、個別に見た方がよい場面があります。
ダンスの先生が見きれない部分を、身体側から補う。
ここに、ローカパーラが入る意味があります。
その痛み、振付のせいではないかも
腰を落としているつもりで、膝に乗っている
フラダンスなどでは、膝を軽く曲げ、腰を落とす姿勢があります。
本来であれば、これは膝に体重を乗せる姿勢ではありません。
股関節を使う。
足裏で床を捉える。
重心を左右に移す。
その結果として、膝が軽く曲がり、腰が落ちる。
こういう身体の使い方が必要です。
ところが、アマチュアの場合、
腰を落とす
=膝を曲げる
=膝に体重を乗せる
になってしまうことがあります。
これでは、踊るたびに膝に負担がかかります。
健康のために始めたフラダンスで膝が痛くなる。
これは、本当に悲しい矛盾です。
でも、原因はフラダンスそのものではありません。
問題は、腰を落とすという動きを、身体が膝で受け取ってしまっていることです。
体幹を使っているつもりで、太ももで頑張っている
ダンサーには体幹が大切です。
これは、その通りです。
ただし、体幹という言葉は誤解されやすい。
体幹というと、腹筋を鍛えることだと思われがちです。
もちろん腹筋も大切です。
でも、腹筋が強いことと、ダンスの中で体幹が使えていることは同じではありません。
実際には、体幹を使っているつもりで、太ももの前側で身体を支えていることがあります。
太ももで支える。
骨盤が前に倒れる。
腰が反る。
その状態で踊る。
腰が痛くなる。
この流れは、決して珍しくありません。
腹筋はある。
でも、動きの中で体幹が働いていない。
ダンサーに必要なのは、固める体幹ではありません。
動きをつなぐ体幹です。
片脚で立っているつもりで、足首だけで踏ん張っている
子どものクラシックバレエでは、足首の不安定性が問題になることがあります。
片脚で立つ。
片脚でプリエをする。
ルルベに上がる。
バランスを取る。
この動きは、見た目以上に難しいです。
足首だけでなく、膝、股関節、骨盤、体幹までつながっている必要があります。
でも、足首がぐらつく子は、足首だけで全身を支えようとします。
そして、それを筋力で無理やり止めようとする。
その結果、ふくらはぎに負担がかかったり、急にバランスを崩して捻挫したりします。
バレエは基礎なくして上達しません。
その基礎とは、足の形だけではありません。
片脚で立ったとき、身体全体で床を受けられるか。
足首だけに頼らず、股関節や体幹までつなげられるか。
ここを見てあげる必要があります。
首を動かしているつもりで、背中に逃げている
ダンスでは、首や胸のアイソレーションが使われます。
首だけを動かす。
胸だけを動かす。
骨盤だけを動かす。
この分離した動きは、ダンスの魅力です。
でも、姿勢が崩れている状態で首を動かそうとすると、下部頚椎がうまく動かず、胸椎や背中が代償することがあります。
本人は、首を動かしているつもり。
でも、実際には背中に逃げている。
その結果、首ではなく背中が痛くなる。
胸椎周辺がつらくなる。
肩甲骨まわりが張る。
アイソレーションは、分離する力だけでは成立しません。
分離した動きを、もう一度全身の中に接続する力が必要です。
分離と連動。
この両方があって、はじめて無理のない動きになります。
踊る前にある、身体の基礎
立つ・沈む・乗る・移る・止まる
ダンスには、華やかな動きがあります。
ターン。
ジャンプ。
ステップ。
アイソレーション。
ポーズ。
表現。
でも、その前にあるのは、とても地味な身体の基礎です。
立つ。
沈む。
乗る。
移る。
止まる。
この地味な動きが崩れていると、その上に乗る振付も崩れます。
立てない身体で、踊りだけを頑張る。
沈めない身体で、腰を落とそうとする。
乗れない身体で、片脚バランスを取ろうとする。
移れない身体で、ステップを踏む。
止まれない身体で、ポーズを決める。
これでは、身体のどこかに無理が出ます。
だから、ローカパーラでは、ダンスの派手な動きだけを見ません。
その前にある、地味な身体の基礎を見ます。
体幹は、固めるものではなく、つなぐもの
体幹は、腹筋を固めることではありません。
ローカパーラでは、体幹を、身体の動きをつなぐ装置として見ています。
足裏で受けた力を、膝、股関節、骨盤、背骨、胸郭、首、腕へとつなぐ。
上半身の表現を、下半身の支持と切り離さない。
分離した動きを、全身の中でもう一度つなぐ。
これが、ダンサーに必要な体幹です。
体幹が働くと、動きは安定します。
でも、固くはなりません。
支えられているけれど、動ける。
止まれるけれど、次に移れる。
分離できるけれど、全身がバラバラにならない。
この状態を作ることが、ダンスにおける身体の基礎です。
振付を受け止める身体があると、動きは変わる
振付を覚えることは大切です。
でも、振付だけでは踊れません。
その振付を受け止める身体が必要です。
膝に乗らずに腰を落とせる。
足首だけでなく、全身で片脚に乗れる。
太ももで踏ん張らず、体幹で重心を支えられる。
首や背中に逃げず、分離と連動を使い分けられる。
こうなると、動きは変わります。
身体が軽くなる。
無駄な力みが減る。
故障しにくくなる。
先生の言葉が、少しずつ身体に入ってくる。
ダンスが、もっと楽しくなる。
ここを目指したいのです。
保土ケ谷でダンスを楽しむ人へ
子どもの習い事、大人の趣味、健康のためのダンス
保土ケ谷でダンスを楽しむ方の多くは、プロ養成の環境にいるわけではありません。
子どもの習い事。
大人の趣味。
健康のための運動。
発表会に向けた練習。
仕事や家事の合間の楽しみ。
生活の中にダンスがあります。
だからこそ、身体の基礎をじっくり作る時間は限られます。
また、日常の身体も影響します。
学校で座る。
仕事で座る。
スマホを見る。
坂道を歩く。
家事をする。
疲れた身体でレッスンに行く。
こうした日常の身体の上に、ダンスが乗ります。
ダンスの不調は、レッスン中だけで起きているわけではありません。
日常で作られた身体のクセが、ダンスの動きによって強調される。
その結果、痛みとして現れることがあります。
好きだからこそ、身体を痛めてほしくない
子どものダンスには、頑張る気持ちがあります。
先生に褒められたい。
発表会で上手に踊りたい。
友達に負けたくない。
もっと難しい振付を覚えたい。
その気持ちは、とても大切です。
大人のダンスにも、好きだから続けたいという気持ちがあります。
健康のため。
気分転換のため。
綺麗に動きたいから。
音楽に乗るのが楽しいから。
自分の時間を持ちたいから。
その気持ちも、とても大切です。
だからこそ、身体を痛めてほしくありません。
好きで始めたダンスが、膝痛や腰痛や足首の不安で嫌になってしまう。
これは本当にもったいない。
ダンスを長く楽しむためには、身体の使い方を見直すことが必要です。
踊るほどつらくなる前に、身体の使い方を見直す
痛みが出たときに、単に休むだけでは足りないことがあります。
休めば一時的に落ち着く。
でも、同じ動きに戻れば、また痛くなる。
それは、痛みの原因になっている身体の使い方が残っているからです。
膝が痛いなら、なぜ膝に負担が集まったのか。
足首が不安定なら、なぜ足首だけで踏ん張っているのか。
腰が痛いなら、なぜ体幹ではなく太ももや腰で支えているのか。
首肩がつらいなら、なぜ背中や胸椎に逃げているのか。
ここを見直す必要があります。
踊るほどつらくなる前に。
痛みでレッスンを休む前に。
好きなダンスが嫌になる前に。
身体の使い方を見直しておきたいのです。
ローカパーラができること
ダンスを教えるのではなく、踊る身体を見直す
ローカパーラは、ダンスの振付を教える場所ではありません。
バレエの技術を教えるわけではありません。
フラダンスの表現を教えるわけでもありません。
HIPHOPの振付を教えるわけでもありません。
そこは、ダンスの先生の領域です。
ローカパーラが見るのは、踊る身体です。
立ち方。
沈み方。
乗り方。
重心の移し方。
止まり方。
体幹のつながり。
足首や膝、股関節、腰、首肩に負担が集まる理由。
ここを身体の側から確認します。
プロの動きを、身体の言葉に通訳する
プロダンサーの動きは、美しいです。
軽い。
強い。
しなやか。
止まれる。
抜ける。
音に乗れる。
表現になる。
でも、その動きをそのまま真似しようとしても、アマチュアの身体ではうまく受け取れないことがあります。
だから、通訳が必要です。
「腰を落として」
という言葉を、膝に乗らず、股関節と足裏で受ける動きに通訳する。
「体幹を使って」
という言葉を、腹筋を固めることではなく、骨盤と胸郭をつなぐ動きに通訳する。
「軸を意識して」
という言葉を、首や肩を固めることではなく、足裏から頭まで力の通り道を作ることに通訳する。
「力を抜いて」
という言葉を、ただ脱力することではなく、余計な関節でブレーキをかけないことに通訳する。
感覚的な言葉を、身体の使い方として分かるようにする。
これが、ローカパーラの考える「プロダンサーの動きを通訳する」ということです。
「なんとなく動かす」を「分かって動かす」へ
アマチュアダンサーは、真面目です。
先生の動きをよく見て、何度も練習します。
子どもであれば、発表会に向けて一生懸命頑張ります。
大人であれば、限られた時間の中で、楽しみながら続けています。
だからこそ、身体を痛めてほしくありません。
なんとなく腰を落とす。
なんとなく体幹を使う。
なんとなく片脚で立つ。
なんとなく首を動かす。
この「なんとなく」を減らしていく。
身体のどこを使っているのか。
どこで支えているのか。
どこに負担が集まっているのか。
どうすれば膝や腰に逃げないのか。
これが分かると、動きは変わります。
分かって動かす身体は、故障しにくくなります。
そして、ダンスも楽しくなります。
故障や不調には、身体の側から対応する
すでに痛みが出ている場合には、身体の対応が必要です。
足首を捻りやすい。
膝が痛い。
股関節がつまる。
腰が反って痛い。
首肩がつらい。
背中が痛い。
こうした不調には、理由があります。
単に痛い場所だけを見るのではなく、なぜそこに負担が集まったのかを見ます。
膝が痛いなら、膝だけの問題ではありません。
足首が不安定なら、足首だけの問題ではありません。
腰が痛いなら、腰だけの問題ではありません。
首がつらいなら、首だけの問題ではありません。
ダンスの動きは、全身の連動です。
だから、不調も全身の連動として見ていく必要があります。
ローカパーラは、そこを身体の側から確認します。
あとがき
プロの表現と、アマチュアの身体の間で
この記事で一番伝えたいことは、ローカパーラがダンスの先生の代わりになるという話ではありません。
むしろ逆です。
ダンスの先生には、ダンスの先生にしかできないことがあります。
表現。
振付。
音楽。
空気感。
舞台。
魅せ方。
踊る楽しさ。
ここは、プロダンサーやインストラクターの領域です。
ローカパーラが入りたいのは、その領域ではありません。
プロの表現と、アマチュアの身体の間。
ここです。
プロは感覚でできている。
アマチュアは、その動きに憧れている。
でも、身体の基礎が追いつかないことがある。
その間に、ローカパーラが入る。
これが、保土ケ谷のダンサーに対してローカパーラができることだと考えています。
先生には、もっと表現に集中してほしい
ダンスの先生は、身体の細かい説明に追われすぎなくてもよいと思っています。
もちろん基礎は大切です。
でも、先生が本当に伝えたいのは、もっと大きなもののはずです。
音の取り方。
身体の質感。
空間の使い方。
踊りの世界観。
人を惹きつける表現。
そこに集中してほしい。
一方で、生徒さんの身体には、それを受け取る準備が必要です。
膝に乗ってしまう。
足首がぐらつく。
腰が反る。
首肩に力が入る。
体幹が分からない。
こうした身体の面倒な部分は、ローカパーラが引き受けたい。
そういう立ち位置です。
身体の面倒なところは、ローカパーラが引き受ける
身体の問題は、地味です。
立つ。
沈む。
乗る。
移る。
止まる。
華やかな振付に比べると、少し面倒です。
でも、この面倒な部分が整っていないと、ダンスは身体に負担をかけます。
先生が表現に集中できるように。
生徒さんが安心して憧れに向かえるように。
保護者の方が、お子さんの身体を心配しすぎずに応援できるように。
ローカパーラは、その身体の面倒な部分を引き受けます。
それが、プロダンサーの動きを通訳するということです。
憧れを、故障で終わらせないために
ダンスには、憧れがあります。
あんなふうに踊りたい。
先生のように動きたい。
舞台で綺麗に見せたい。
音に乗って自由に踊りたい。
その憧れは、とても大切です。
でも、身体がついてこないと、その憧れは痛みに変わります。
膝が痛い。
足首が不安定。
腰がつらい。
首肩が重い。
そうなると、せっかく好きだったダンスが、少し怖いものになります。
それはもったいない。
ローカパーラは、ダンスを教える場所ではありません。
しかし、ダンスを長く楽しむための身体を整えることはできます。
プロの表現を、アマチュアの身体に通訳する。
そして、憧れを故障で終わらせない。
保土ケ谷でダンスを楽しむ方にとって、ローカパーラがそのような場所になれたらよいと考えています。
